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7年目のお詫び

知っている人、もしくは覚えている人がいるかどうか知らないけど、
実は私、修士が終わった後に博士課程に進学をしていた。

進学はしたんだけど、すぐにマレーシアへ派遣されることが決まっていたので、
実際に授業に出たりせずにすぐ休学。
結局マレーシア派遣中に、退学届けを出した。



もともと、修士論文に苦労したので、「自分は研究には向いていないかも」
と思っていた。すでに結婚もしていたので、マレーシア終わった後はカンボジアに
戻らないといけないという気持ちもあった。そんな迷いをもちながら、せっかく
修士が終わってこのまま行けるなら、というさもしい根性を出し、まったくきちんとした
テーマも計画も持たないまま、博士課程後期の試験を受け、合格をしてしまった。
合格通知をもらった時に、本当に「あ、合格しちゃったよ」と思ったのを今でも覚えている。

マレーシア中は、仕事が忙しく、研究をする暇がほとんどなかった。
いや、これは言い訳だな。私のように派遣されていても、ちゃんと研究を進めている
人は周りにいっぱいいるから。
私は、仕事と研究を平行できるほど、器用でも能力もなかった。

最後の方には指導教員の先生に叱られ、それに心が折れて「もう辞めます」と宣言。
退学手続きを勝手に進めた。

その後、いろいろあったんだけど、カンボジアに戻ることになり、娘も二人生まれた。
今の仕事、生活も、カンボジアに戻っていたからこそ、手に入れることができた。
結果的に、博士課程を辞めて本当に良かったと思っている。

でも、指導教員の先生と物別れのように終わってしまったことだけは、ずっと後悔していた。
連絡を取りたいと思っても、その勇気も出ないまま、7年の歳月が流れた。
時折、夢にも見たことがある。先生と再会し、あの頃の自分の行動を、そもそも後期課程に
進学したこと自体を、詫びる自分。
でも実際には、広島に行くチャンスはあっても大学まで足を延ばすことができなかった。

今年、講座の30周年記念式典があるお知らせをもらった。
ちょうどその頃名古屋出張も入っており、帰りがけに広島に寄れないこともない。
行こう。そして、先生にお詫びをしよう。
そう決意し、手紙を書き、カンボジアの郵便局から投函した。
着くかもしれない。着かないかもしれない。でも、どうしてもメールでは嫌だった。

投函してから一ヶ月。
帰る直前に一通のメールが届いた。それは、先生の名前だった。

7年間、自分の腹の底にあったしこりのようなものが、溶ける様な気がした。
そしてそれが、涙となって上の方から出てきた。

一歩自分から踏み出してよかった。
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by leng0914yuki | 2016-03-03 19:46 | Comments(3)
Commented by faa at 2016-03-14 14:34 x
おお,こちらに詳細に。
よかった,本当に。
二人がにっこり笑って会えるときに同席できるかしら。

いろいろ,あったね。本当に。
今が笑顔で,それが一番。
Commented by rain at 2016-03-25 19:29 x
いたっけ、あの時。

懇親会で、少し長く話しができて、「あの時の選択があったから、今のあなたがいるんだよ。謝ったりしないで」と言ってもらえたよ。今回、本当に行けてよかった。
Commented by faa at 2016-04-03 22:31 x
いなかったよ。
でも,よかったね~。本当に。
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