夏の思い出2016 >>

2017年のオモヒデ

スマホになり、すっかりと顔本ばかりの投稿となり、こちらは約1年ぶり。
この1年も、無事に過ごしています。
長女は、この夏も日本人学校体験入学をし、今年はなんと6週間。
お弁当作りも、手の抜き方を覚え、つつがなく終わりました。
次女は、4月から補習校の年少組。入園式当初は、母の手を離したら死ぬと
ばかりに、私から離れず、大泣きをしていましたが、2ヶ月後には教室の前で
「バイバイ」と手を振れるようにまでなり、先生と一緒に成長を言祝ぎました。

なんでまたこのブログに書いているかと言うと、現在まぁ人間関係でちょっと問題を
抱えており、しかしそんなこと顔本に書くもんでもなかろう、しかし記録には
残して後で読み返したい、と思い、ブログ投稿してます。









ある日突然、人から、自分の行動(現在、過去を含め)に対して強烈な悪意を持たれ、
いったいなんなんだと驚いている間に、その人と交渉断絶、という状態になりました。
その人にとっては突然でも何でもないことなのかもしれないけど、私にとっては
本当に青天の霹靂、寝耳に水、でした。

その人とは、数ヶ月前にも似たような状況に陥った。しかしそのときは相手は同じ場所に
いなかった。その後、第三者の立ち会いのもと、ネットで面会しお互いに謝罪をし、一旦は
問題が解決したように思っていた。ほんの数日前まで、冗談を言って笑い合ったりもしていた。
しかし、あれだね。やはり、トラブルがそんなきれいに収まる訳はなかったんだね。
今のように、非難の応酬(というか、私にとっては一方的にされているだけなんだけど)や
取っ組み合いつかみ合い(これはまだ、ない)がなければ、こう言ったもやもやは収まらなかった
んだろうね。
今も、ほとんど没交渉状態です。もう寝た子を起こさないよう、こちらは何もしないことに決めました。
大人なのか、ずるいのか、よく分からないけど、その人にはもう何を言っても通じないという諦め、
関係を修復する努力をする価値を、その人に感じていないのだから、もういいや。

なんて、今は多少冷静になってこんなふうに書いているけど、悩んだよ。辛かったよ、私も。
人前では涙は見せなかった。相手が、悪者になるような、追い込むような言動も、他の人に
しなかった。
しかし、一度家で、子ども寝ていると思って大爆発をした。大泣きをした。
そうしたら、次女が起きて来て、肩をさすってくれたり、うちわで扇いだりしてくれた。
目が覚めたよ。
私はこの子の母だ。母が幸せでなかったら、子どもも幸せになれない。
私は何か、恥ずべきことをしただろうか。否。私は、こんな仕打ちを受けるような、恥ずべきこと、
教育者として間違ったことは、何もしていない。神様は信じていないが、神かけて誓える。
こういう状況になったのは、相手の選んだ結果だし、責任だ。

40代も半ば近く、完璧にはほど遠い人間だけど、そこまで自分を過小評価するつもりもない。
15年近くになる仕事経験、様々な職場で様々な人と付き合って来た自分のコミュニケーション能力、
これは私の誇るべき能力の一つだ。
私がもしあの人だったら、そしてもし私にあの人が指摘する問題があるのだとしたら、自分だったら
こんな、全てを破壊するような対応はしない。もっと建設的な、発展的な対応をする。
それを選ばなかったのは相手の問題で、そうして今の状況になっているのであれば、それはもう私の
責任でも何でもない。私はただ、今まで通り振る舞っていればいい。

開き直りと言えば、それまで。しかし、こう考えられるようになって、ようやく、心が落ち着いた。

人生というのは、本当に、山あり谷ありだなぁと実感する、44歳の夏でした。
家族のほうはみんな仲良く、元気にやっています。そちらのほうがよっぽど大切で、私は家族がいるから、
ここで働いていられるし、生きていられるんだな、と実感した経験でもありました。

近い将来、これを読み返した時、あんなこともあったな、と穏やかな気持ちでいられることを今は祈るのみです。



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by leng0914yuki | 2017-07-21 16:43
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